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前回までのあらすじ
新幹線カードを使って目的地・加古川に到着。
いよいよ、京山幸乃・初舞台が今始まる。
※ この画像に特に意味はありません
会場に到着し、トイレを済ませて着席。
開演時間の10分前だった。
どうにか間に合ってよかった。ふぅ。
「なぁ、ちょっと聞いてよ」
追加招集となったK氏がしゃべりだした。
S氏、T氏が今朝からそわそわし出して、
緊張しているというのだ。
なぜ?
自分がやるわけじゃないのに?
私は緊張しなかった。
「なんで外野が緊張してんだよ」
東京弁でツッコミを入れ、鼻で笑った。
雑談しているうちに時計の針が開演時間の14:30を指した。
ガチャリと前方のドアが開く。
京山幸太さんの独演会だ。
当然、開口一番で幸乃さんが出てくると思いきや、
登場したのは幸太さんだった。
妹弟子が本日初舞台であると説明してくれ、
幸乃さんを呼んで二人でオープニングトークが始まった。
「なぜ浪曲師になろうと思ったのか」
「埼玉からわざわざ関西へ来たのはなぜなのか」
「今日の意気込みは?」
幸太さんが軽妙なトークで進め、
幸乃さんはつっかえはしないものの、
緊張感たっぷりの受け答え。
(だ、大丈夫か……?!)
少々心配になる。
オープニングトークが終わり、
いったん二人とも下がってから
改めて京山幸乃、登場。
(やばい、私も緊張してきた……)
割れんばかりの拍手。
「待ってました!!」
「たっぷり!!」
会場の後方から声もかかる。
我々だけでなく、合計10人以上も東京から駆けつけていたらしい。
熱いぜ、浪曲ファン。
もう一度、簡単にあいさつし、 演目名を言う。
『雷電と八角』
お三味線が鳴り始め、
表情が変わった。
幸乃さんが唸る。
浪曲の節(歌の部分)だ。
その声。
声量を耳にしたら、
自然と涙がこぼれ落ちてしまった。
す、すごい……!
なんというか、
浪曲師がしっかり浪曲をやっているように見えた。
ちゃんとしてる。
堂々とした佇まいだった。
一年以上、稽古を積み、浪曲に触れながら
会場の手伝いや師匠の身の回りの世話など、
芸人として過ごした日々が、
芸人らしい空気を感じさせたのかもしれない。
涙が出たのは、この日が来るまでの苦労を多少なりとも
知っていたからかもしれない。
演芸が好きで、
浪曲が好きで、
浪曲や講談を習い、
大阪で聞いた京山幸枝若に惚れ込んで、
会社を辞めて弟子入り志願。
そして、弟子にしてもらえるかわからないまま大阪へ引っ越し。
男性には分からない女性特有の悩みもあっただろう。
悩みに悩んで、芸人になるなんてやめておけと言われながらも、
それでもやりたい、浪曲師になりたいと、
勇気を出して一歩を踏み出し、
そして浪曲師になるという夢を叶えた。
すごい、あんたすごいよ、幸乃さん。
終演後、本人いわく、最後の方は間違いそうになってドキドキしたと
言っていたが、客席からは全然分からなかった。
終始、堂々として見えたし、
啖呵(浪曲の会話の部分)もしっかり演じ分けができていた。
最後の方は楽しそうに唸っているようにさえ見えた。
終演後にお客さんのお見送りをしていた幸乃さんを捕まえて
よかった、素晴らしかったと声をかけた。
みんなで一緒に記念写真も撮った。
本当にいいものを見せてもらった。
清々しい気持ちで外へ出ると、
雪が舞っていた。
「今日、山は雪やのぉ」
師匠から京山幸乃という名前をもらった時、
名前の由来はこうや、と言われたそうな。
その幸乃さんの初舞台の日に雪が降るとは。
浪曲の神様の粋な計らいか。
(ちなみに兄弟子の京山幸太さんの由来は「今日、山買(こ)うた」らしい)
しかし感動したのもつかの間。
初舞台はゴールではなくスタート。
芸に邁進して立派な浪曲師になって欲しい。
がんばれ、京山幸乃!
じゃあな、京山幸乃!
泣くな、京山幸乃!!
(あ、泣いたのは俺か)
あばよ!!
幸乃さんに別れを告げ、
せっかく関西に来たのだからご当地グルメを楽しもう。
帰りは私も車に乗っけてもらうことに。
すでにプランは練ってあると聞いたのでお任せしてついていく。
まずは加古川名物かつめし。
夕飯は大阪・鶴橋で焼肉。
スパで一泊して翌日は帰り道に浜松に立ち寄り、
炭火焼レストラン『さわやか』のげんこつハンバーグ。
……肉ばっかりかよっ
高校生みたいな飯チョイスになったが、名物だけあってどれも美味しかった。
特に
『さわやか』のげんこつハンバーグは絶品。
肉の鮮度にこだわるため、静岡県以外には店舗を出さない経営理念なんだとか。
その経営理念も含めて気に入った。
うまいよ、さわやかのげんこつハンバーグ。
静岡に来たら必ず食べることにしよう。さわやか。
横浜付近で事故渋滞はあったものの、基本的にはスイスイ進み、
日が落ちる前には東京に戻った。
「なんか、今朝まで大阪にいたの、変な気分だな」
T氏がつぶやいた。
そうだな、本当に不思議な気分だ。
無事が一番。
ガソリンスタンドで停まっていたバイクに
バックで当ててしまうような事故も起こさず、全員無事に帰宅。
充実した土日だった。
勇気を出して一歩踏み出せば、
浪曲師にだってなれるし、
朝起きて新幹線に乗って関西の浪曲を聞きに行くことだってできる。
前向きな気持ちにさせてくれた京山幸乃さんの初舞台でありました。
最後に一句。
雪の日に 京山幸乃 初舞台
笑顔晴れやか 気分さわやか
ご静聴ありがとうございました。
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【おまけ】
「ねぇ、おじいちゃーん」
「んー?」
「こないだの伯山・幸乃 二人会、楽しかったねー」
「そうじゃなぁ」
「伯山さん、ボヤいてばっかりだったけどね」
「ああ」
「あの人、昔からあんな感じだったの?」
「そうじゃなぁ。昔は汗だくだくにかきながら講談やっとったよ。
テレビ・ラジオにたくさん出て大人気じゃった。
自分のラジオ番組でも愚痴ばっかり言っとったのう。
なんて番組名だったかのう。とわ…… 問わず、なんとかって」
「ふーん。今から行く福太郎・幸乃 二人会の福太郎さんは?」
「福太郎さんは昔、太福って名前でな。伯山さんの人気を追うように
やっぱり売れに売れてな。二人とも講談・浪曲の救世主じゃった」
「へぇー。幸乃さんは?」
「幸乃さんはなぁ。
おじいちゃん、幸乃さんが浪曲師になる前から友達じゃった。
浪曲師になって初舞台の時は関西まで応援に駆けつけたもんじゃ」
「友達なの? えー、ぜったいうそでしょー?」
「え? ・・・はっはっは。ごめんごめん。うそうそ。
おじいちゃんはただの幸乃さんのファンじゃった」
「なーんだ、やっぱりうそかー」
「ごめんごめん。カッちゃんは将来、浪曲師になりたいんだったかのぅ?」
「ちがうよ、ぼくは講談師になるよ。伯山さんに弟子入りしようかなぁ」
「そうかそうか。楽しみじゃなぁ・・・」
おしまい